乙一の短編小説を集めた「失はれる物語」を読んでみました。この本に収められている作品はどれも、何かを失ってしまい沈んでしまっている中に希望を見出すというようなものが多いように思います。また、どの短編もすごく読みやすくて、前提になる知識もいらないので、どんな人にとっても簡単に読める作品集だと思いました。最近泣いてないな?という人には特にお勧めです。
[wiki] 乙一 - Wikipedia
この短編集には、標題の「失はれる物語」のほか、「Calling You」、「傷」、「手を握る泥棒の物語」、「しあわせは子猫のかたち」、「ボクの賢いパンツくん」、「マリアの指」、「ウソカノ」の7作品が収められています。比較的長めの作品から、こんなに短くていいの!と思えるものまでバリエーションに富んでいるのですが、CDのアルバムみたいな感じで、順番にもこだわりがありそうな気がしました。そんなわけで、順番に感想を書いてみます。
- 「Calling You」
1番始めの作品は、淡いラブストーリーと思春期の不安定さを描いたストーリーになっています。高校生になって唯一携帯電話を持っていない「わたし」は、ある時自分の頭の中に誰かとつながる携帯電話があることに気付きます。その携帯から突如掛かってきた電話。シンヤという男の子とつながったわたし、そしてもう1人の人物から不思議な物語は始まります。この物語は、読み切ってしまえばなんだかどこかでありそうかな?とは思うんですが、かなりきれいな展開には感動せずにはいられません。まったく、つかみにはもってこいの作品ですねw
- 「失はれる物語」
表題にもなっているこの物語は、交通事故で腕にしか感覚がなくなってしまった男が、元音楽教師だった妻からのメッセージをピアノの演奏として伝えるというものです。2人は昔は仲が良かったものの、子供ができて数年経ったあたりからケンカが増え始めてしまいます。そんな中、男を襲った交通事故によって妻は日々の生活をピアノの演奏と腕に書く文字によって必死に伝えていきます…。
この物語も、最後はなんだか救われないような気がします。動けない男は必死に介護する妻に何もしてあげることもできず、ただメッセージを受け取るだけ…。必死に頑張る妻の苦悩も伝わってきて、かなりやるせないです。しかし、男ができる唯一の行いを最後にはできたのかな?とも思いました。
- 「傷」
この短編をくるりのライブ前に読んでしまって、すごい悲しい気分のまま臨んだ記憶がありますw このストーリーもとても胸が痛くなりますね。このストーリーを簡単にいうと、相手の傷を自分に移したりできる特殊な能力を持ったアサトが、心に傷を負ったオレと出会って、いろんな人の傷を自分の体に引き受けて心も体もズタズタになりながらも、なんとか立ち直っていくというもの。
ちょうどこの小説を読む前日に考えさせられる体験があったんですよ。すごく強く生きてるんだけど自分ではどうしようもない病気の子と話して、これだけ自分はのうのうと生きてていいのかって。一応、自分は入院も手術もしたことないけど、これだけ強く生きてる子がいるなら、その子の傷を引き受けられたらどれだけいいだろうかって本気で思ってました。そんなに軽々しく言うべきではないのかもしれないですが、その子にはぜひ幸せになってほしいですね。
- 「手を握る泥棒の物語」
このストーリーはわりと救いがあります。というか、泥棒は間抜けすぎます(´∇`) 内容は、事業に行き詰ってお金が必要になった俺が、お金持ちの伯母の泊まっている旅館に泥棒しに行くっていう話。そして、泥棒に行った先でへまをして捕まりかけるのが笑えます。これまでの話と違って、それほど重たくなることもないので、このあたりで一息といった感じ。
- 「しあわせは子猫のかたち」
このストーリーは推理小説のような構成になっています。以前に殺人のあった部屋に引っ越してきた僕は、前の持ち主の幽霊?と一緒に生活することになります。いつの間にか開くカーテン、どこからともなく出てくるコーヒー、怪文書のような謎の文書?ちょっとおちゃめな幽霊がどうしてまだこの世界に残っているのか、それが徐々に解き明かされていきます。
推理小説っぽいんですが、新本格派のミステリーとはちょっと違っていて、真面目に解くのはちょっと難しいです。それよりも、幽霊の心境とかそういったところに着目した方が面白そうかも。
- 「ボクの賢いパンツくん」
これはとっても短いです。たぶん、「ふっ」と笑って次にいける作品ではないでしょうか。ちょっとしたネタだと思ってさらっと読んでしまいましょう。
- 「マリアの指」
これは普通にミステリー短編と言っても大丈夫ですよね?たぶんですけど。
不思議な雰囲気をもった鳴海マリアが、ある時電車にはねられて亡くなってしまいました。警察はこれを自殺だと判断したのですが、僕はどうしてもそうは思えなくて現場を探し始めます。そんな中見つけた1本の指。どうして指が落ちていたのか?そしてマリアの事件の真相は?っていう雰囲気のお話です。
いろんなところに謎を解くヒントが落ちているので、初めからちゃんと覚えていればきっと事件の真相がわかると思われます。僕はあんまりそういうのを真面目に解かないんで流してしまいましたがw
- 「ウソカノ」(あとがき)
アンコールにあたる作品です。
自分の妄想の中で生まれた彼女を理解するためにいろいろ努力をしていくというストーリーです。わりと短めながら、温かみのある作品じゃないでしょうか。妄想の中の彼女が最後まで応援してくれる姿は、あくまで想像とはいえ、なかなか勇気づけられます。
長々と書いてしまいましたが、だいたいこんな感じです。どれもやっぱり沈んだ場所があって、底抜けに明るいというわけではないのですが、軽いながらも感動できる良作ではないかな?と思います。
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