震災の陰と陽の象徴

明日は阪神淡路大震災の起こった日です。ということで、1日早いですが少しだけ会場のほうを見てきました。家庭教師のアルバイトのあとだったので、 時刻もかなり遅くて寒かったのですが、テントのほうには50人近く集まってました。雪で作ったお地蔵さんや、ろうそくを入れる竹筒で「1.17」をかた どったりと、震災の記憶を語り継ごうとする意思がひしひしと伝わってきました。

会場は、東遊園地と いうところで、もう神戸の名物になりつつあるルミナリエの会場でもあります。この場所が、震災時にどのようになっていたかは現実に知る由もないわけです が、ルミナリエの輝かしさ、幻想さと比べると、明日の震災のつどいは、現実的で地味である分、力強さを感じました。前者の「ルミナリエ」は、震災での悲し みを光の芸術で打ち消そうとする試み、いわば陽の象徴であるなら、後者の「震災の集い」は、時間を経て忘れ去られる、悲しくつらい記憶を再び思い返し、死 者を供養するための陰の象徴ともいえるのではないでしょうか。

陰の象徴と聞くと、確かに良くないイメージを持つかもしれないです が、光と影は常に対となって存在するように、これらの象徴(行事)も、どちらが欠けてもいけないような気がします。まだ心に傷を負った方がたくさんおられ るということは、ある意味でまだ震災は続いているということで、まだ終わってはいません。主催者側にとっては大きな負担かもしれないですけれど、あと10 年は少なくとも続けてほしいです。

9年前の5時46分に悲劇は起きたことは、今は本当に想像もできないほどに神戸は復興しました。 しかし、それは外部から来た私にとってのことで、まだ表向きのことに過ぎないかもしれません。震災が神戸の人々に生き続ける限り、これらの象徴は必要で、 意味を持ち続けることになるでしょう。この地震で亡くなられた6433人の方のご冥福をお祈りいたします。

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